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浦和地方裁判所 昭和37年(わ)370号 判決

被告人 植盛弘

大一〇・一〇・二一生 無職

主文

被告人を懲役四月に処する。

未決勾留日数中四〇日を右本刑に算入する。

ただし、この裁判確定の日から二年間右懲役刑の執行を猶予する。

被告人に対する公訴事実中詐欺未遂の点は無罪。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は昭和三七年七月二四日午後八時三〇分頃、東京都台東区国鉄上野駅構内で、氏名不詳者が遺失した同駅発売羽前小松ゆき二等普通片道乗車券一枚(価格八七〇円相当)を拾得し、これを金に換えて領得する意思でそのまま着服して横領したものである。

(証拠の標目)(略)

(法令の適用)

被告人の判示所為につき

刑法第二五四条罰金等臨時措置法第二条第三条(懲役刑選択)刑法第二一条第二五条第一項刑事訴訟法第一八一条第一項但書被告人に対する公訴事実中詐欺未遂の点は、後記説明のとおり罪とならないので、刑事訴訟法第三三六条により無罪の言渡をすることとする。

(公訴事実中詐欺未遂の点についての無罪理由)

被告人に対する詐欺未遂の公訴事実は

「被告人は昭和三七年七月二五日午前九時二〇分頃、蕨市大字蕨国鉄蕨駅改札で判示の乗車券で払い戻しをうけられる事実を確めた後同駅本屋精算所に至り、掛員岩井一郎に判示の如く拾得した乗車券であることを秘匿し恰も上野駅において購入した如く装い同乗車券を差し出し「この乗車券を払い戻して下さい、昨日上野駅で買つた。」と虚構の事実を申向けて、即時同所で払い戻し金の交付をうけこれを騙取しようとしたが、右不正の事実を看破されたため、その目的を遂げなかつたものである。」というのであるが、「そもそも無記名乗車券を購入した者が、国有鉄道に対しその券面表示の輸送を請求する権利(又はその払戻を請求する権利)を行使するためには右乗車券を常に所持することを要し、正当に右乗車券を購入した者であつても、これを所持していなければ前記権利を行使することはできないのみならず、たとえ、拾得、窃取等により不正に所持している者があつても、国有鉄道はその所持人が正当な所持人か否かを調査する義務はなく、有効な乗車券である限り、その所持人に対し輸送又は払戻をすればこれによつて国有鉄道は責を免れるものであること、従つて国有鉄道が乗車券の現実の所持人に対し輸送又は払戻をすれば、本来正当な乗車券の所有者の権利は、不正所持人に対する損害賠償請求権は別として、これによつて消滅することは明らかである。」

以上のような無記名乗車券の性質にかんがみると、有効な無記名式乗車券を拾得した者がこれを着服すれば遺失物横領罪を構成すること判示のとおりであつて、これとともにその乗車券は賍物たる性質を帯びること勿論である。そして有効な乗車券を用いて乗車し、又は払戻を受け或はこれを他人に譲渡することは、社会通念上乗車券の用方に従つた通常の使用、処分方法であつて、遺失物横領者がかかる所為に出ることは当初から当然に予想されるところであつて、右所為は賍物の事後処分にすぎず、すでに当然に遺失物横領罪の構成要件によつて包括的に評価されているものである。従つて右使用、処分の際詐欺的行為が伴い詐欺罪等の構成要件に該当するような外観を呈していても、右使用、処分行為は詐欺罪にあたる法益を侵害したとして更に評価しなければならないような実質のものではないから、いわゆる不可罰的事後行為として何ら犯罪を構成しないものといわなければならない。従つて本件公訴事実中詐欺未遂の点は、被告人について判示認定のとおり遺失物横領罪が成立する以上、その不可罰的事後行為たるに過ぎない本件払戻未遂行為は本来罪とならないものである。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 西幹殷一)

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